GP & PEOPLE

GPと人

千草 義継Yoshitsugu Chigusa

Profile

氏名 千草 義継
勤務先 京都大学医学部附属病院
専門分野 周産期医学

医学教育は“あらゆる方法で” ― アナログな学びの価値

すべての医師に託された
使命としての“教育”

医師の倫理と責務を示したヒポクラテスの誓いには、「あらゆる方法で、医術の知識を弟子たちに分かち与える」と記されています。すなわち、医師は医療を実践することと同じ重みで、後進を育てる責務を負っています。そしてその使命は、若手医師であれ、熟練医師であれ、医師である限り生涯にわたり果たし続けるべきものです。「医学教育」とは、一部の人だけが担う特別な役割ではありません。臨床の場に立つすべての医師が担い、また担うことのできる素晴らしい営みであると、私は考えています。

進歩する医学教育と、その遠さを感じる瞬間

近年、医学教育のかたちは大きく様変わりしました。インターネット上には教育動画やWebセミナーがあふれ、アクセスさえすれば、だれもが極めて有用な学習コンテンツに触れることができます。さらに、ハンズオンやオンサイトのセミナーも数多く開催され、教育理論に基づいた洗練されたプログラムが目白押しです。こうした進歩は医学教育の発展に大きく寄与していますが、その一方で、教育がどこか遠く離れた場所で、特別な人の手によってのみ行われているかのように感じてしまう場面もあるのではないでしょうか。

体験として受け継がれて
きた学び

しかし、みなさんが歩んできた学びの軌跡を振り返ってみてください。みなさんの知識や技術は、本当にWebセミナーやハンズオン、あるいはテキストだけで身についたものでしょうか。きっとそれだけではないはずです。先輩医師とともに患者さんを診察した場面で目にした、手つきや声かけ、医員室で耳にした困難症例の経験談、診断に至るまでの思考の過程──それらは映像化も講義化もできない学びですが、確かに私たちの中に残り、臨床の基礎を形づくっているのではないでしょうか。医師としての知識や技術の多くは、こうした口伝えや耳学問という、きわめて人間的な営みからも受け継がれることは、争いようのない事実です。

診療の原点を教えてくれた一人の医師

私が「医師」という存在を初めて意識したのは、幼いころの、かかりつけの老医師でした。私は、季節の変わり目にごとに風邪をひいては、その老医師に診察を受ける病弱な子どもでした。しかし、いついかなるときも、そして何度受診しても、先生は判で押したように、変わらぬ姿勢で向き合ってくださいました。軍医あがりのその先生は、丁寧なドイツ語でカルテを書き、すみからすみまで私の体をさわって診察してくださいました。大きな手でお腹を触診されたときのくすぐったさを、胸をたたかれたときの打診の強い響きを、いまでも思い出すことができます。今、自分自身を省みて、これほどまでにきちんと患者さんを診察してるだろうかと、忸怩たる思いがいたします。先生は、医師になるかどうかもわからぬ子どもにも、医師の何たるかを体で教えてくださっていました。

産婦人科医学教育者へ向けてメッセージ

私は、医学教育において、身をもって診療態度を伝え、また経験した教訓的症例を共有することの重要性は、未来永劫、決して失われることはないと信じています。ともすれば軽んじられがちな、口伝えの学びや耳学問こそ、すべての医師が日常診療の中で簡単に実践できる立派な「医学教育」です。華やかな講演や洗練された手術動画だけが教育ではありません。患者さんと向き合う姿勢を示し、困難な症例の経験を後輩と共有すること──その一つ一つが、医学教育の原点であると私は信じています。「医学教育」と肩肘張らず、どうかみなさん自身の経験を、そっと、しかし惜しみなく、次の世代へ手渡していただきたいと願っています。